クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 @nero

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 @nero アイキャッチ画像

こんにちはこんばんは、neroでございます。

今回は劇場版クレヨンしんちゃん屈指の名作である「モーレツ!オトナ帝国の逆襲」の魅力について語っていきたいと思います!

「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 予告編


クレヨンしんちゃんというと子供向けなイメージを持たれることが多いかと思いますが、大人が見ても楽しめる良作が多いです!

そして本作のオトナ帝国は、大人だからこそ見るべきともいえる要素が詰まっています。

クレヨンしんちゃんと侮ることなかれですよ!

neroの映画人生の中でもトップクラスに好きな映画です。

簡単なあらすじ

しんのすけの住む春日部の近郊に、「20世紀博」という20世紀を題材にした昔懐かしいテーマパークが建設され、大人たちはみな昔に戻ったように楽しんでいました。

ある日、20世紀博を運営するイエスタデイ・ワンスモアという組織から、「大人たちを迎えに行く」という意味深なメッセージが流れます。

すると大人たちはみな子供に戻ったかのような行動・思考をとりはじめ、20世紀博へと妄信的に一斉移動していき、子供たちは取り残されてしまいます。

しんのすけたちカスカベ防衛隊は、大人たちを取り戻すため20世紀博へと向かいます。

イエスタデイ・ワンスモアの目的は、20世紀の「におい」を使い、大人たちを20世紀へと逆行させ、20世紀高度経済成長期以前の未来への希望に満ちていた古き良き時代を取り戻すことでした。

果たしてしんのすけたちは大人たちを奪還し、21世紀を取り戻すことができるのか!?

「におい」について

イエスタデイ・ワンスモアが行ったのは「におい」による共感の刺激です。「共感」としたのは、この映画の意図するところがいわゆる「洗脳」による支配ではないと感じたからです。

現実の生活に絶望感や違和感、疲労感を感じている人も多いのではないでしょうか。誰であっても幸せだった時期があり、幸せだった昔に戻りたいと考えてしまいます。

イエスタデイ・ワンスモアは、においによって大人たちの懐古心を強く引き起こし、あの頃に戻りたいという共感を誘発しました。

映画の中で登場する「夕日の町」は、ケンの考えに共感した人たちによって作り上げられている町です。イエスタデイ・ワンスモアの武器である「におい」も、この街の住人により生まれたものでした。

クライマックスでは、夕日の町の住人たちが野原家の21世紀を取り戻そうとする姿を通して未来を生きたいと共感し、町を作り上げていたにおいを急激に失っていきました。

においは共感とリンクしています。

ひろしの回想

あまりにも感動的で有名なシーンですね。私レベルになると、このシーンの曲が流れるだけで涙が出てきます。

家族を大切にしていたひろしでさえ、においの誘惑によって子供の頃の幸せな記憶に浸っていました。ひろしも現在の生活にどこか疲れを感じていたのかもしれませんね。

しんのすけが現在のひろしのにおいである足のにおいをかがせることで、ひろしは大人の自分を再び肯定できるようになりました。

楽しかった過去と現実を比べて、辛くなるときは誰にでもありうることです。だからと言って現在の自分を否定なんてできないですよね。

これまで自分が歩んできた道のり、大切な家族のために働いてきた日々を思い出し、つまらなくなんかない!と再確認したからこそ涙したんですね。

「父ちゃん、オラがわかる?」

「ああ…ああ!!」(しんのすけを抱きしめる)

号泣しました

ちなみに、みさえはただ単純にくさいにおいで現実に連れ戻されました笑
このあたりのコメディとシリアスのバランスも抜群でした。

ケンとチャコ

この映画の大きな魅力の1つは、ケンチャコという本作のオリジナルキャラにあります。

ケンという男こそ、イエスタデイ・ワンスモアのリーダーであり、この物語のいわゆる敵キャラ・ラスボスにあたります。

ヒョロヒョロおかっぱでふかわりょうのような出で立ち、腕っぷしも強くなければ走りもしない。映画によくある「強大な力を持つキャラ」とは似ても似つきません。

むしろどこまでも人間臭く描かれています。昔に戻りたいという自分たちのわがままを現実に起こそうと行動しています。ある意味欲望に忠実です。

そしてその手段は「洗脳」ではなくあくまでも「共感」なのです。

最終的に彼らの野望は、夕日の町の住人たちの意思によって阻まれました。ケンとチャコの野望はそもそも住人の意思にゆだねられていたんですね。

強力なにおいを世に放とうとするケンとチャコを食い止めようとする野原家の戦いは本当に感動的でした。

ケンとチャコも、昔に戻りたい、今の世は耐えられないと思いながらも、それでもどこか未来への希望は持ち続けていたのでしょうね。ケンは夕日の町で野原一家にわざわざ情報を教えています。

においによる20世紀への逆行が失敗したケンとチャコは身を投げようとします。

ここでようやくケンとチャコの人間臭い本心が描かれます。

チャコの「死にたくない」という言葉は、現実に絶望しながらもそれでも生きたいという紛れもない本心でしたし、ケンの「いや、もうやめた」という言葉からは未来を生きていくという意思を感じさせました。

クレヨンしんちゃんのコメディと、ケンとチャコの本心というシリアスが融合した感動的な場面でしたね。

ここで流れる「今日までそして明日から」(吉田拓郎)はケンとチャコの行く末を表しているのでしょうね。きっと二人は21世紀をしっかりと生きていくことと思います。

おわりに

映画の冒頭で風間くんが言っていた、

「懐かしいって、そんなにいいものなのかなあ?」

という言葉が印象的でした。私は「懐かしい」という感情が一番好きです。

私自身、あの頃に戻りたいと思ったことは何度もあります。辛いときや疲れたときは、逃げ出したくもなります。

そんなとき、よくこの映画を思い出します。

笑って、泣いて、勇気づけられる最高の映画でした。

コメント